松尾慎吾 沖縄三線・沖縄民謡ライブ情報*blog

沖縄三線講師・ミュージシャン 松尾慎吾の沖縄三線・沖縄民謡ライブ情報*blog

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
火曜日は溝の口の教室の後、カラオケボックスで練習です。


勉強したのに忘れてしまった唄がたくさん。
最近は、そういう物を思い出す練習をしてます。


どうしても、ライブや教室で唄わない曲はなかなかね~。。。唄い込まないと、自分の唄にならないし。


昔のお芝居の経験が、唄を覚える事や腹声を出す事にすごく役立っています。 台本を何度も読んで、物語の中の背景や人物像を掴んで、演出の意図や自分の解釈を合わせながら作りあげる。
最初は丸暗記であっても、台本から離れたところからどんどん自分の言葉になっていきます。
それを観客全員に聞こえるように、自分の声で自然に。


自分の唄に対するアプローチもそうです。 唄に重なる出来事があったり、実体験を乗せられると唄も変わって来るしね。


やり直した唄がどう変わっていくのか、ちょっと今はワクワクしてます!



…な~んてエラソーな事を言っちゃったけど、役者としては大きな大根だったからねぇ~。(笑)


身体もデカイから変に目立つのと、何よりその話の世界観をとっても違和感たっぷりにしてしまうんだよね。 フランス料理の中にふろふき大根みたいな。

シリアスな芝居なのに、自分が死んでしまった場面で会場が大爆笑になっちゃったりして。(泣)

めちゃくちゃっす。。。

松尾慎吾というキャラクターの存在感勝負的なところをよくダメ出しされていたなあ…。

「役がハマったら面白いだろうけど、それは日常的人間の役じゃないな。生活感無いし。」とキッパリ。
…甦る日は涙そうそう。

唄三線、はまり役だったらいいんだけどねぇ……。(笑)


いっぺーにふぇーでーびる!
2010.07.14 16:57 | 日記 | トラックバック(-) | コメント(4) |

演出家や作品の意図にもよりますね。(笑)
舞台が外国の設定で外国の人物を演じる場合に、敢えてオーバーアクションで直訳の言葉を叫ぶ事もあるだろうけど。 話の世界が日本じゃないから。お客さんに、ここは日本じゃないと考えてもらいたいとか。 それにしても、そんな役に入り込むのは難しいっすな。

考え無しに作った台本であのセリフで、尚且つ叫んでしまったら、戯曲を台本に書き直した人も演出家も役者もXXでしょうねぇ…(笑)

2010.07.15 18:35 URL | ミソラッチ父ちゃん #- [ 編集 ]

「私は思うのよ、坂の上から突然現れた男が犯人だって」と舞台で叫ばれたとしても、普通の日本人なら「坂の上から急に現れた男が犯人だと思うわ」って普通言うでしょ?

主語+動詞が先に来る英語ならでは、の結論が先、ってやつ。平田さんの話を聞いていて、「なるほど、だから見てて不自然に感じたこともあるし、こちらが恥ずかしくなる時があるのか」とわかりました。

大勢の観衆に心の機微を身体とセリフで表現しなきゃいけない舞台って、10代~20代の人間が深く演じるのはむずかしそうですね。

2010.07.15 12:28 URL | 一呑入魂 #YZ9He8L6 [ 編集 ]

その対訳の言葉を自分の言葉として消化するのが大変だったのだと今は思います。今も同じような事を仕事にしている訳だけど。(笑)
ただ、日本人が作った素晴らしい本もあり、それも読み切れなかったので…(苦笑)
非日常的なのは元々で、二十歳前後のアカオニは、芝居の上で普遍的な人間の感情を表現できる程の経験を積んでなかったのでした!(笑)

なんにせよ、人の巡り合わせは不思議で面白いですねぇ…。

2010.07.15 02:46 URL | ミソラッチ父ちゃん #- [ 編集 ]

「生活感ないし」はともかく、上手いこと言いますね「日常的人間」てのは。
そう言えば、先日、ラジオ英会話講座で平田オリザさんの話を聞いたのですが、「演劇はもともと英国から入って来ているので、英語が訳されてセリフになっていたものが多く、自分はそう言うものから脱却したかった。日本人が演じる日本語での演劇は違う」と話してたのが印象的だったけど、そう考えれば、正統派の演劇舞台って、それこそ非日常的人間だと思うんだけどなあ。

2010.07.15 00:27 URL | 一呑入魂 #YZ9He8L6 [ 編集 ]













管理者にだけ表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。